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なぜロケット・インターネットがドイツ ベルリンで生まれたのか

ベルリンの壁が崩壊してから27年が経過した。旧共産主義圏に属していた当時の東ベルリンは経済が疲弊していたが、現在はスタートアップ企業の新ビジネスで活気づいている。その原動力はクリエーターをはじめとする新進気鋭の人材流入だ。冷戦下に「壁の建設」で人々の交流が分断された不幸な歴史をもつベルリンが、なぜ「スタートアップ企業の聖地」となったのか。その要因を現地で探った。

執筆:九州大学大学院 経済学研究院 教授 篠﨑彰彦

photo東西ドイツを分断していたベルリンの壁を使ったアート

(写真:筆者撮影)


ベンチャービジネスで賑わうベルリン

3月下旬にドイツの首都ベルリンを訪れた。ドイツの主要産業といえば、自動車や重電などの製造業が思い浮かぶ。数年前からは、IoTに象徴される情報技術とモノの連携による「インダストリー4.0」が強力に推進されている。

ドイツ経済の中心地は、ミュンヘンやフランクフルトといった旧西ドイツの主要都市で、ベルリンはこうした産業の集積地というわけではない。だが、近年はロンドン、ストックホルム、パリと並ぶ「欧州スタートアップ企業の聖地」として、脚光を浴びている。

ベルリンを本拠地とする有力新興企業のひとつは、ベンチャーキャピタル(VC)のロケット・インターネットだ。2014年にIPO(新規株式公開)を行い、米国と中国以外の全世界を舞台に、食品、日用雑貨、ファッション、旅行等のネット通販事業へ積極的な投資を行っている。

世界のVCが集中する米国市場や中国市場での競争をあえて避け、他の市場へ先回りして収益機会を狙う独自の戦略だ。同社が投資したファッション通販サイトのザランド(Zalando)も本社はベルリンで、今や欧州を代表する存在だ。

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自動運転技術に関心を寄せるドイツの大手自動車会社(BMW、アウディ、ダイムラー)がノキアから買収した位置情報サービスのヒアも本社はベルリンで、この他にも、個性的な強みを持つ北欧の有望なスタートアップ企業などが、まるで吸い寄せられるようにベルリンに集まって来ている。

東西に分断されたベルリンの歴史

ドイツは、第二次世界大戦後に国土が東西に分断され、東側はソ連を盟主とする旧共産主義経済圏のドイツ民主共和国(東ドイツ)、西側は米・英・仏を中核とする市場経済圏のドイツ連邦共和国(西ドイツ)となった。

プロイセン王国時代から首都として栄えたベルリンは、面積が892平方キロメートルで東京23区(621平方キロメートル)より一回り大きく、地理的には旧東ドイツ側に位置する。だが、首都としての重要性から、東側(403平方キロメートル)をソ連が、西側(480平方キロメートル)を米、英、仏が共同でそれぞれ統治した。

photo東西ドイツと東西ベルリン

(出典:ドイツ総領事館ホームページより転載(©ドイツ総領事館))

つまり、国土と首都が2重に分断され、西ベルリンは、旧共産圏に浮かぶ市場経済の孤島という状態になったのだ。日本に喩えると、東日本に位置する東京23区の中で、練馬区、杉並区、中野区、世田谷区、目黒区などは西日本に属するという歪な姿だ。

とはいえ、1950年代までは「国境」を越えた人の往来は比較的自由で、旧共産圏の東ドイツ住民も、まず東ベルリンに行き、そこから西ベルリンに移動すれば、市場経済圏の西ドイツ各地へ向かうことが可能だった。

ところが、東西の経済格差が広がるにつれて、豊かさを求めて東ベルリンから西ベルリンへの一方的な移動が強まり、優秀な人材の流出が東ドイツの経済にとって大きな懸念材料となりはじめた。

そこで、東ドイツ政府は1961年8月13日未明、東西ベルリンをつなぐ道路を遮断し、有刺鉄線による「壁」を建設するという強硬策に出た。それ以降、東西間の移動は厳しく制限されることになった。

この「壁」は徐々に強化されていく。脱走者を監視する施設も築かれ、1975年には西ベルリン地区をぐるりと2重に囲む総延長155キロメートルのコンクリート壁が完成した。それでも、自由と豊かさを求めて西側へ脱出を試みる人は後を絶たず、多くの命が奪われる悲劇をもたらした。

冷戦が終結し、この壁が崩壊したのは1989年11月のことだ。旧共産圏の計画経済が行き詰まる中、東欧諸国で民主化を求める動きが加速、東ドイツ政府による国外旅行の条件緩和声明が放送された直後、殺到した市民の手によって破壊が始まった。

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チェックポイント・チャーリー(東西境界線上に置かれていた国境検問所)跡地

(写真:筆者撮影)

なぜベルリンなのか、現地で感じた3つの理由

筆者もこの様子を伝える報道の映像にくぎ付けとなったことを覚えている。ベルリンが経験したこの歴史を「経済活動と人材移動」の観点で捉えなおすと、次のポイントが浮かび上がる。

第一に、人は豊かさを求めて移動を試みようとすること、第二に、経済が好調な社会は外部の人材を引き寄せること、第三に、経済の低迷は人材の流出を惹起することの三点だ。

これは、優秀な人材を引き寄せるには、経済活力を高めなければならないことを示していると同時に、経済活力を高めるには、優秀な人材の呼び込みが欠かせないことを意味している。

壁の崩壊から約四半世紀を経た今日、人材の流出が続いた旧東ベルリン地区には、才気あふれるクリエイティブな人材が流入し、スタートアップ企業の活動が盛んになっている。なぜベルリンなのか、現地で得た感触では次のとおりだ。

第一に、歴史的に文化が栄えた街であったこと、第二に、高学歴の人材が豊富なこと、第三に、地理的に欧州の中心に位置していること、第四に、物価水準が低く生活費の負担が相対的に軽いことなど、情報社会で魅力的な要因だ。

15世紀初頭にフリードリヒ1世がブランデンブルク選帝侯となって以来、プロイセン王国、ドイツ帝国、ワイマール帝国など今日に至るまで、ドイツの首都として栄えたベルリンは、常に文化と知の街であり続けた。

ベルリンとその周辺地域には、1810年に設立されたフンボルト大学をはじめ多くの高等教育機関や研究機関が集積しており、現在も知性と教養を身につけた高学歴の人材が豊富だ。

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旧東ドイツにあったフンボルト大学

(写真:筆者撮影)

歴史、文化、芸術、学問の香りが豊かなベルリンは、「流行に敏感な街」として市の観光局も積極的にアピールしている。こうした情報発信や政策の後押しもあり、芸術、音楽、食事など満喫し豊かな生活を送る街として若い人材を惹きつけている。

地理的にも、欧州のほぼ中心に位置する好立地の条件を備えており、欧州各国の主要都市を約1~2時間のフライトでカバーできる。また、地下鉄、鉄道、路面電車などベルリン市内の交通インフラも行き届いており、空港へのアクセスは30分程度と利便性は抜群だ。

ドイツ社会の保守的一面とどう折り合いをつけるか

この連載で度々言及しているように(連載の第67回:クールなスタートアップは今、シリコンバレーを目指さない 、第84回:なぜシンガポールに本社機能が集まるのか? 進む「頭脳拠点」の集積を参照)、サービスやソフトが重要性を高める情報社会では、文化的基盤、移動の容易さ、生活の潤いというクリエイティブでソフトなインフラがカギを握る。この点でベルリンは非常に魅力的だ。

しかも、不動産価格をはじめとする生活費は、欧州経済の盟主ドイツの首都でありながら、ロンドンやパリなどの主要都市に比べておよそ半分程度で済むようだ。

計画経済下で経済が疲弊し、旧西側との格差が拡大した旧東ベルリン地区は、老朽化した施設や設備が取り残されたため、東西統一後の資産価格は格安となった。そのため、地区によって差があるものの、ベルリン全体の物価は低い水準に抑制されているのだ。

もちろん、ベルリンの壁崩壊後は再建に向けた再開発計画が組まれ、今も至る所で歴史的建造物を活かした息の長い建設プロジェクトが進行中だ。こうしたダイナミズムの中でスタートアップ企業が集まり、職住接近のスタイルで活動を拡大させている。

とはいえ、ドイツ社会には米国とは異なる頑なさがあるのも事実だ。2014年9月には、シェアエコノミーを代表する配車サービスの米国企業ウーバーに対して、ドイツ国内での営業を停止する判決が下された。

ベルリン市は、この判決に先だってウーバー禁止を決めたほか(日経産業新聞[2014])、2016年5月には、Airbnbなどの民泊事業を厳しく規制する条例を施行するなど、ドイツ社会の保守的一面が顔をのぞかせることもある(日本経済新聞[2016])。

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ベルリンのトラム(路面電車)。ウーバーは否定してもITを活用した交通システムの利便性向上などには積極的に取り組んでいる

(写真:筆者撮影)

創造的破壊を生み出すイノベーションの時代にあって、「スタートアップ企業の聖地」というベルリンの看板が、秩序と合理性を求めるドイツ社会の特質とどう折り合いをつけていくか、今後の展開が注目される。

歴史の経験から何を学ぶか

人材の移動という点では、ベルリンの壁が築かれた四半世紀前とは異なる課題も生まれている。2015年のドイツへの難民認定申請は、旧共産主義体制の崩壊で中東欧からドイツへの移民が殺到した1992年の約44万件を上回り、約48万件に達した(ジェトロ[2016])。

こうした移民の流入が雇用や社会の安定を脅かすとの懸念も広がっている。昨年7月にはミュンヘンの商業施設で9人が死亡する銃撃事件に震撼し、12月にはクリスマス市で賑わうベルリン中心部に大型トラックが突入して12人が死亡するテロ事件も起きた。

筆者がベルリン滞在中の3月22日にもロンドン中心部でテロと思われる事件が発生したが、欧州で相次ぐこうした出来事は、移民をめぐるドイツ国内の論調にも暗い影を落としているようだ。

ベルリンの壁が分断したのは、歴史と文化、習慣と伝統に共通の基盤を持つ同じ国民の移動だった。これに対して、現在直面している問題は、当時とは異なる性質を孕んでいる。

歴史的な悲劇から、人の自由な往来の大切さを深く刻んだ「もっともドイツらしくない都市」のベルリンで、今後どのような動きがみられるか、人材の移動と経済の繁栄を考える上でも、目が離せない。(ビジネス*IT)

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