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シリコンバレーが利益よりも大事にすること

「スケール」できるかどうかが採用基準

Yコンビネーターをインターネットで検索すると、スタートアップ育成、ベンチャー投資、各種の調査など、非常に多様な活動を展開している。Yコンビネーターの本質は何だと考えるか?

ユニス:Yコンビネーター(以下YC)の本質はスタートアップ・スクールだ。インキュベーターとも呼ばれる。ほかの活動はすべてそこから派生したものだ。われわれは有望なアイデアを持った起業家を探す。書類選考と面接に合格したチームはシリコンバレーに移住し、3カ月間集中的に起業にあたる。起業家は毎週1回、YCのクラスに参加して進捗状況を発表し、われわれの指導を受けることができる。YCはそれぞれのスタートアップに12万ドル(約1350万円)を出資する代わりに持ち分の7%の株式を得る仕組みだ。

いわゆる「シード投資」(創業初期の企業に必要な資金を提供する)にあたるのだろうか?

ユニス:クラスに参加を認められたチームに対する投資については、まさにシード投資だ。しかしクラスから有力な企業が次々に誕生したため、そういう企業には随時大型の追加投資も行う。

 例えば、X社の7%が12万ドルなら、その会社を170万ドル(約1億9220万円)の価値と評価したことになる。仮にX社が成功して時価総額が20倍の3400万ドル(38億4400万円)になれば、YCの持ち分の価値も20倍になる。しかしX社が倒産すれば株式は紙くずとなり、投資は全面的な損失となる。ベンチャー投資がハイリスク、ハイリターンだと言われるのはこのような点にあるようだ。

YCが求めているのはどんなチームか?

ユニス:スタートアップというのは、単なる立ち上げ段階の若い会社ではない。スケール(規模を拡大)する可能性があるかどうかが重要だ。スケールするというのはたとえばこうだ。ソフトウェアは追加費用ゼロで無限にコピー(複製)できる。ユーザーが本当に必要としているプロダクトの開発に成功すれば、指数関数的に成長できる。一方、法律事務所やコンサルティング会社は社員個人の能力に依存するため、どれだけ収益性が高くてもスタートアップではない。

シリコンバレーにはベンチャーファンド、ベンチャーキャピタルと呼ばれる組織が以前から数多くあった。YCの特色はどういうところだろう?

ユニス:われわれがオフィスを置いているパロアルトのサンドヒル・ロードにはセコイア・キャピタル、クライナー・パーキンス・コーフィールド・アンド・バイヤーズ(KPCB)、ドレイパー・フィッシャー・ジャーベットソン(DFJ)のような老舗からアンドリーセン・ホロウィッツのような新しいベンチャーキャピタルを含めて、数十億ドルを動かせるベンチャーキャピタルが何社も存在している。こうしたファンドはYCも含めて、機関投資家や富裕な個人から資金を募り、有望な未公開ベンチャー企業の株式を購入してハイリターンを求めるわけだ。

われわれが伝統的なベンチャーキャピタルと違う点は、きわめて早い時点で優れたアイデアと優れた人材を発掘、投資するシステムを作ったところにある。

そういう仕組みはシリコンバレーにはなかったのか?

Yコンビネーター創設者のポール・グレアム氏

ユニス:結論を言えば存在しなかった。スタートアップ・インキュベーターという存在自体、YCの創業者、ポール・グレアムが“発明”したといっていいだろう。これは「ニワトリとタマゴ」問題がからむ。

どういうことだろう?

ユニス:有望なアイデアを持った起業家が、過去に実績を上げている大手ベンチャーキャピタルに集まってしまうという現象だ。実績がないベンチャーキャピタルにやって来るのは、不確実な投資先ばかりになってしまう。これではますます実績を挙げにくい。アンドリーセン・ホロウィッツを例外として、セコイアにせよKPCBにせよ有力ベンチャーキャピタルはすべて、シリコンバレーの創生時代から存在する古顔だ。新しいプレイヤーが入り込む余地はゼロに近かった。
ここでシリコンバレーのベンチャー投資のエコシステム(産業の生態系)を少し説明してもいいだろうか?

(ユニス氏は、ジェスチャーで空中に逆三角形を描いた。)

ユニス:これは大きなファンネル(漏斗)だと思ってほしい。このファンネルの上部には起業を望む無数のチームがある。いくつかのチームが起業に成功してファンネルに入る。会社が急成長し始めたときに資金を提供するのが伝統的ベンチャーキャピタルだ。「ラウンドA」「ラウンドB」…などと呼ばれて複数回の投資が行われる。ファンネルを下るにしたがって脱落が出て会社の数は減るが投資額は大きくなる傾向だ。最後に買収、新規上場によってファンネルから出る。

なるほど。それで買収や上場をエグジット(出口)と呼ぶわけか?

ユニス:そうだ。会社がエグジットに成功するとベンチャーキャピタルの利益が確定する。しかし(Yコンビネーター創業者の)ポール・グレアムはエグジットが発生するファンネルの底ではなく、上部に目を付けた。

つまり、スタートアップ志望者たちのグループか?

ユニス:グレアムはファンネルの上部がまったくシステム化されていないことに気づいた。数千もの有望なアイデアがあっても、伝統的な仕組みでは、実際に投資を受けられるのはほんのひと握りだ。グーグルの創業者が起業にあたってベンチャー投資を受けることができたのは、スタンフォード大学の指導教官だったデビッド・チェリトン教授自身が成功した起業家で、強力なコネがあったからだ。起業家がファンネルに入れるかどうかはそうした偶然に左右されていた。グレアムはファンネルの上部をシステム化することを考えた。

講演するYコンビネーターCOO、カサー・ユニス氏

どういうことだろう?

ユニス:有望なアイデアを持つ人材を探し出し、伝統的なベンチャーキャピタルが投資できる規模にまで育てるシステムが必要だと考えた。起業志望者はYCの応募フォームに記入しオンラインで申し込む。

われわれは有望そうなチームを面接し、採否を決定する。グレアムやほかのパートナーの努力といくつかの幸運も重なって、YCは有力なインキュベーターとして知られるようになった。すると良いアイデアをもった良い人材が、YCのクラスに殺到するようになった。

 YCが「ニワトリとタマゴ」問題を解決したのは、従来とはまったく違う新しいシステムを創造することによってだったようだ。VEC(一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンター)が発表したレポートによれば、昨年の日本の2016年第3四半期のベンチャーファンド組成金額は876億円だった。金額は増加傾向だが、アメリカと比べるとまだ非常に少ない。2015年のアメリカのベンチャービジネスは日本の約50倍の規模があったという。

 YCのようなインキュベーターはエコシステムの入り口で有望なチームを選別し、育成する。チームが成功し始めればアンドリーセン・ホロウィッツのようなベンチャーキャピタルが、スピーディーに巨額の資金を提供して成長をバックアップする。こうした組織が新しい企業を生む「エコシステム」を作っていることが納得できた。

日本の大学でもいいから広範囲な知識を身につけよ

起業を志望する日本の若者にも、シリコンバレーに行くことを勧めるか?

ユニス:起業自体は世界のどこにいてもできる。ことにソフトウェアのように国境が大きな意味を持たないプロダクトの場合は特にそうだ。しかし、シリコンバレーに来ることは起業を成功させるために非常に有利だろう。

やはりエコシステムが完備されているからだろうか?

ユニス:インフラが完備しているというのは重要だ。たとえば映画の製作は世界のどこででもできる。しかし世界的大ヒットはハリウッドから生まれる場合が圧倒的だ。ロサンゼルス圏には俳優、監督、プロデューサー、映像技術者、配給会社すべてが揃っている。こういう場所はほかにない。シリコンバレーは言ってみれば起業のハリウッドだ。スタンフォード大学に留学するのもいい考えだろう。

グーグルの創業者もそうだが、スタンフォード大学からは非常に大勢の起業家が生まれている。

ユニス:実は起業のエコシステムでもっとも重要なのは起業精神であり、起業精神を育てるためにもっとも重要なのはロールモデルの存在だ。

起業で成功した人物を身近に見ることか?

ユニス:シリコンバレーでは誰もが起業したいと考えている。少しも変わったことではない。スタンフォード大学に行けば、優秀な同級生の大半が起業を志望している。起業することが当たり前であるような社会で生活してみる以上に重要なことは存在しないだろう。

最後に日本の起業家志望の若者にアドバイスはあるだろうか?

ユニス:ひとつ付け加えるとすれば、大学教育は役に立つということだ。私はパキンスタン生まれのデトロイト育ちで、地元の大学で工学を学んだ。その後ハーバード・ビジネス・スクールでMBA(経営学修士)を取得した。エンジニアだが財務や経営の知識も得た。大学で学んだ知識は数学から経済学まで日々役立っている。起業したときも役立ったし、YCを経営する上でも役立っている。米国に留学することを勧めるが、日本の大学に進学するのでもいい。起業には広汎な知識が必要だ。体系的に知識を得るのに、大学以上に適した場所はない。教育を大切にすべきだ。

 経済規模から考えると、日本のベンチャー投資は最低でも現在の10倍以上あっていいはずだ。にもかかわらず日本のベンチャービジネスの規模がまだ小さい理由について、「足りないのは資金ではなく起業家だ」という声を、関係者から聞くことがある。リスクを取って起業する人々が増えれば、資金はそこに集まってくるはずだという。

 ユニス氏の話を聞いて、やはりあらためて起業家精神と起業を当然と考える社会の重要性を感じた。冒頭でも触れたように起業や経営の現実を肌で感じさせるような経営書に興味が集まっていることは、日本でもある種の地殻変動が始まっていることを示唆しているのかもしれない。

「起業には広汎な知識が必要だ。体系的に知識を得るのに大学以上に適した場所はない」(日経ビジネス)

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