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目指せ「副業天国」!会社に眠るオジサンの実力を解き放て

 本連載は、昨年(2013年)まで米ビジネススクールで助教授をしていた筆者が、世界の経営学の知見を紹介していきます。

 さて、最近は以前にも増して、日本中で起業への関心が高まっています。今年(2014年)6月に発表された安倍政権の「骨太の方針2014」でも、日本を「起業大国」にすることがうたわれました。実際、最近は会社勤めの方々の中に、将来の目標として「今いる会社を辞めて起業」を意識される方が多く出てきています。

 他方で、起業に関心はあっても、及び腰の方も多いのではないでしょうか。起業はリスクが高いですから、会社勤めで安定収入を得ている方には勇気のいることでしょう。実は、最近の経営学では、この起業リスクの軽減となる考え方が注目されつつあります。

 それを、ハイブリッド・アントレプレナーシップ(Hybrid Entrepreneurship)と言います。本稿では「ハイブリッド起業」と呼ぶことにしましょう。

ハイブリッド起業家は、世界では珍しくない

 ハイブリッド起業とは、「会社勤めを続けながら、それと並行して起業すること」です。要するに「副業として起業する」わけです。

 日本では、起業というと「会社を辞めて起業するか、辞めずに起業をあきらめるか」の二者択一と思われがちです。しかし世界的にみると、ハイブリッド起業はきわめて一般的な形態であることが、近年の調査で明らかになりつつあります。

 例えば、英クランフィールド大学のアンドリュー・バーケたちが2008年に「スモール・ビジネス・エコノミクス」に発表した研究では、英国の1万1361人を対象にした調査から、「完全に独立した起業家(以下、フルタイム起業家)」よりも、会社勤めを続けながら起業する「ハイブリッド起業家」の方が多いことを明らかにしています。

 他の調査でも、フランスでは全起業家のうちの18%、スウェーデンでは32%、オランダでは68%がハイブリッドとなっています(注1)。1997年の米Inc Magazineの「急速に成長しているスタートアップ500」特集では、500社のスタートアップCEO(最高経営責任者)の2割が、「起業後もしばらくの間は、前の会社で働いていた」と回答しています。

 著名起業家の中にも、ハイブリッド起業の例は多くあります。典型的なのが、アップル・コンピューターの共同創業者であるスティーブ・ウォズニアックです。もう一人の「スティーブ」であるジョブズが早々にアップルの事業に専念したのに対し、ウォズニアックは創業後もしばらく米ヒューレット・パッカードにとどまっていたのは有名な話です。ピエール・オミダイアもイーベイ設立後しばらくの間、ゼネラル・マジック社という企業に勤めていました。

 ハイブリッド起業を初めて明示的に分析したのは、現米コネチカット大学のティム・フォルタ、仏EMリヨンのフレデリック・デルマー、英インペリアル・カレッジのカール・ウェンバーグが2010年に「マネジメント・サイエンス」に発表した論文です。ハイブリッド起業は、世界の経営学でもようやく注目され始めた形態なのです。

ハイブリッド起業のメリットとは

 ハイブリッド起業を説明するのに、フォルタたちはリアル・オプション理論を用います。この理論からは、「ビジネスの不確実性が高いほど、『小規模な部分投資』がオプション価値(=戦略柔軟性の価値)を最大化する」という命題が導かれます。

 これを起業に当てはめてみましょう。まず、「起業して成功するかどうか」は不確実性がきわめて高いですから、いきなり会社を辞めて「自分の時間とキャリアの全てを投資する」のはリスクが高すぎます。とはいえ、リスクを恐れて全く起業活動をしなければ、「その事業アイデアがモノになるのか」がわからないままです。

 したがってリアル・オプションの最適解は、「今いる会社に勤め続けながら、副業として小規模で事業を始め、『新事業がモノになるかどうか』の不確実性を下げる」ことになります。しばらくして「新事業が本当にモノになる」とわかれば(良い意味で不確実性が下がれば)、会社を辞めてもいいでしょうし、逆にダメそうなら、あきらめて元の会社の仕事に専念すればよいということです。

 この話は当たり前に聞こえるかもしれません。しかし大事なのは、リアル・オプションでは「不確実性が高いほど、オプション価値が増大する」ことです。なぜなら、不確実性が高いということは、失敗したときの下ブレのリスクもありますが、成功したときの上ブレのリターンも大きいからです。

 したがって、将来IPOを狙うような壮大なビジネス構想を考えている方ほど、「リスクを下げつつ、成功したときのチャンスが大きい」ハイブリッド起業が、最適な選択になるのです。

ハイブリッド起業は、フルタイムへ移行しやすい

 この考えを基にフォルタたちは、1994年にスウェーデンのハイテク産業に新規就職した20歳から50歳の男性4万4613人のその後の行動を2001年まで追跡したデータを用いて、統計分析を行いました。その結果、以下のようなことがわかったのです。

  •  スウェーデンでは、1994年にハイテク産業に就業した4万4613人のうち、2001年時点で2191人(4.9%)が何らかの起業活動をしており、うち1225人が会社を辞めてのフルタイム起業、966人が会社を辞めずにハイブリッド起業をしていた。すなわち、起業活動の半数近くはハイブリッドである。
  •  1225人のフルタイム起業家のうち、約2割は「ハイブリッド起業を経由してフルタイム起業に転じた」人たちである。したがって「ハイブリッド起業家」と「ハイブリッドから転じたフルタイム起業家」を足すと、「会社を辞めていきなりフルタイム起業家になった人」の数より多い。
  •  毎年の移行率をみると、一般企業に勤めていて翌年いきなりフルタイム起業家に移行する率は0.7%に過ぎない。他方、ハイブリッド起業家が翌年フルタイム起業に移行する率は8.5%にのぼる。さらに回帰分析で厳密に行った推計結果では、「ハイブリッド→フルタイム起業」への移行確率は「会社で働く→いきなりフルタイム起業」の確率より38倍も高くなった。
  •  他方で、実はハイブリッド起業家がその翌年もハイブリッドを続ける率は、54.9%に過ぎない。逆に36.6%は翌年には起業活動(=副業)を止め、前からいる会社の仕事に再び専念している。

 これらの結果は、ハイブリッド起業の「柔軟性」を物語っています。一度ハイブリッドを経由した方が、フルタイム起業へ移行率は圧倒的に高くなるのです。他方で、ハイブリッド起業から「元の会社の仕事に専念」に戻る人も毎年4割近くいます。どちらにも柔軟に移行できるわけですから、まさにリアル・オプションと整合的です。

さらにフォルタたちは、以下のような分析結果も得ています。

  •  学歴が高い人ほど、大企業に勤めている人ほど、業界での経験が豊富な人ほど、ハイブリッド起業を選びがちである。
  •  「ハイブリッド起業→フルタイム起業」の移行は、条件付きで起こる。すなわち、ハイブリッド起業中にその起業ビジネス(=副業)の収入が十分に高くなったときに限り、フルタイム起業への移行率が上昇する。

 最後の点は重要です。ハイブリッドからフルタイム起業に移行するのは、「結局そのビジネスが儲かるとわかったときだけ」ということを示しているからです。この結果もリアル・オプションと整合的です。

ハイブリッド起業の方が成功しやすいか

 では、この「ハイブリッド起業→フルタイム起業」というパスは、フルタイムに移行後も有利なのでしょうか。理論的には、当然有利なはずです。ハイブリッドであれば、その間に自分の事業がモノになるかを検証できますし、またその期間に経営者としてのスキルを上げることもできるからです。

 この仮説を実証分析したのが、米ウィスコンシン大学マディソン校のジョセフ・ラフィーとジー・フェンが、つい最近の2014年夏に「アカデミー・オブ・マネジメント・ジャーナル」に発表した論文です。

 ラフィーたちは、米労働統計局が1994 年から2008年まで追跡調査した男女1093 人のデータを基に統計分析を行いました。その結果、ハイブリッドからフルタイム起業に移行した方が、「会社を辞めていきなりフルタイム起業」した場合よりも、そのスタートアップ企業の生存率が3割高いことを明らかにしたのです。

「副業」は安月給を埋める手段ではない

 ハイブリッド起業の研究は端緒についたばかりで、一般化には慎重になるべきでしょう。例えば、フォルタたちの分析したスウェーデンは、法人税が所得税より優遇されており、起業しやすい面があるかもしれません。ラフィーたちの研究はスタートアップの「生存率」を分析しているだけですから、IPO(新規株式公開)達成率など別指標の分析も必要です。とはいうものの、これらの知見は日本のビジネスパーソンや、政府への示唆もあると私は考えています。なぜなら、これらは私たちに「サラリーマンの副業」の意味を考え直させてくれるからです。

 日本でも最近は、従業員の副業を認める会社が少しずつ増えてきました。しかし、その理由は不況による給与低下を補うために、やむなく認めて来た面が大きいようです。他方で本稿の知見は、副業を「ハイブリッド起業」として捉え直す重要性を示しています。

 実は、フォルタたちの統計分析からは、「企業に勤める個人の給与水準は、その人のハイブリッド起業(=副業)移行の決断に、有意な影響を及ぼさない」という結果も得られています。スウェーデンの事例ではありますが、これはすなわち「安い給料を補わせるために会社が副業を認めても、そういう人は必ずしも副業をしない」ということです。

会社員としても優秀な人ほど副業しやすい

 むしろ先に述べたように、高学歴だったり、大企業に勤めていたり、業界での知見が豊富な人の方が、副業を始める傾向にあります。これは、「副業は安月給の穴埋めではなく、起業というチャンスを掴むための移行手段」として使う人が多いということでしょう。

 私は、日本の30代~50代くらいの企業勤めをしている方々の起業が増えることを期待している1人です。もちろん学生の起業も素晴らしいですが、やはり経験、知識・技術、人脈については、経験を積んだビジネスパーソンに一日の長があります。こういう方々の起業がもっと活性化すれば、日本のスタートアップ市場はさらに盛り上がるはずです。

 こう考えているのは、私だけではありません。例えば、シリコンバレーで活躍して今注目の伊佐山元氏が代表を務めるWiLは、ソニーや日産から300億円以上の出資を受けて大企業の人材を「起業」させようとしています。例えば、大企業の人材をシリコンバレーで起業させたり、大企業の幹部経験者を若手が設立した国内スタートアップの経営に参画させようとしたりしているのです。

 他方でこの年代の方々は、安定収入があって家庭のある方が多いですから、リスクをとりにくいのが現状です。ですから、こういう経験あるビジネスパーソンにさらに新たな挑戦を促すきっかけとして、政策的に「ハイブリッド起業」が促進できれば、それは大きな後押しとなるはずです。

 実際に会社が副業を認めるかどうかは、現在(2014年)は法律的に微妙なようです。「職業選択の自由」の観点からは副業は自由であるべきですが、現実には半数近い企業が「使用者と労働者の間の労働契約における誠実義務」等の理由で、副業を認めていません。

 もちろん、今いる会社と利益相反になる副業は慎まれるべきでしょう。しかし、例えば人の入れ替えを促したい企業では、副業(=ハイブリッド起業)の容認は従業員が新たな道を探る機会にもなり得ます。最近では、ヤフーのようにハイブリッド起業を奨励する会社も出てきました。

 何より、柔軟性に富んだハイブリッド起業の活性化は、「起業大国」を目指す日本に有意義なはずです。安倍政権の第三の矢の1つとして、「サラリーマンの副業奨励」は大いにアリだと私は思うのですが、皆さんはいかがお考えでしょうか。

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