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日本を舞台に選んだイスラエル起業家の決意

地中海に面する、中東の小国・イスラエル。人口は約860万人、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地とされている。

そのイスラエルが今や「イノベーション立国」として、世界で一目置かれる存在にまで上り詰めている。国民1人当たりの起業率、ベンチャーキャピタル投資額などで世界トップクラス。日本からも政府や企業関係者が、近年こぞってイスラエル詣でをしている。「中東のシリコンバレー」とも呼ばれ、スタートアップ関係者やサイバーセキュリティ分野に携わる人たちの間では、無視できない存在だ。

アラブ諸国に囲まれて、つねに軍事的緊張にさらされてきた地理的事情もあり、サイバーセキュリティ分野では、突出した技術力を有する。セキュリティ分野以外でも、ヘルスケアやバイオテック、アグリテックに至るまで、多岐にわたるイノベーションを成し遂げてきた。まさに「ゼロからイチ」を生み出すその精神を学び、自国の経済発展に生かそうと、今世界中から熱い視線が注がれている。

元サイバー諜報部隊のエリートがなぜ日本に

日本がイスラエルとビジネスで協業するとなると、これまで中東に技術・開発の拠点を置いていなかった企業などにとっては、地理的にも文化的にも遠いかの地にハードルを感じることになる。すでにイスラエルに拠点を置き、日本とイスラエル間のビジネスを促進する架け橋として活躍している組織や企業は幾つかある。

その中で逆パターン、つまりイスラエル人として初めて、日本と母国をつなぐスタートアップを東京に立ち上げ、走り始めた男性がいる。

日本のアメリカンスクールで思春期を過ごしたヨアブ。技術の発展した日本は“あこがれ”だったという(写真:ヨアブ氏提供)

彼の名は、ヨアブ・ラモト(31)。彼の生い立ちや育った環境から、イスラエルのイノベーションがなぜここまで成長したか、そして、日本と戦略的なパートナーシップを今後どのように育んでゆこうとしているのかが垣間見える。

1986年、イスラエルの都市テルアビブで外交官の父のもとに生まれたヨアブ。13歳の時に父の仕事の関係で日本に移り住み、18歳になるまでアメリカンスクールに通った。ヨアブは日本で過ごした当時のことをこう話す。「その頃、日本はインフラをはじめ、製造業に至るまで、その科学技術は非常に先進的でした。イスラエルが日本より優れていた分野は、正直なかったと言えるでしょう。日本は僕にとって何もかもが輝く存在でした」(ヨアブ)

日本にある種のあこがれを抱いて思春期を過ごしたヨアブは、高校を卒業して兵役に就くためイスラエルに帰国した。イスラエルでは、18歳から徴兵制の対象となり、男性は3年間、女性も2年間の兵役が義務付けられている。

外交官の父のもと生まれたヨアブ。3人兄弟の末っ子として家族にかわいがられて育った(写真:ヨアブ氏提供)

ヨアブは、上位1%の優秀な成績(IQやリーダーシップなど)を収めた少数精鋭だけが集まる「8200部隊」の一員に選抜されることとなり、最先端のサイバー諜報活動の中でも、とりわけインテリジェンス分野のリサーチに携わった。8200部隊は2010年のイランにおけるウラン濃縮装置の破壊に関与したとされている。

「たとえば、ある情報を取りたいとしたら、その情報がどこにあるか、どこの国がどのような情報をどういった組織のなかで持っているのか、それらを丹念に見いだしていくことから始めます。そこから今後イスラエルが国として何を開発すべきかが見えてくるのです」(ヨアブ)

任務の詳細は国家の重要な機密事項のため、兵役を終えた今でも話すことはできないという。

しかし、8200部隊在籍中は、刺激的な体験の連続だった。例えば、世界のインテリジェンスが集う国際的なクローズドの会合に参加した時のこと。イギリスやアメリカなど他国の参加者が、自分よりひと回りもふた回りも年上の老練な面々であるのを目の当たりにした時は、高校を卒業して間もない自分が参加する状況と背負っている責任の重さに、改めて身震いしたという。

ヨアブは、若いうちにそうした国の重要任務の一端を担わされ、自分の認識やアイデアが問われるような環境下で訓練を積む8200部隊における経験が、のちに自らが起業家となる素地になったと振り返る。

「高校を卒業したての若者に対して、考えられないほどの責任が与えられる。上下関係もほとんどなく、発言が求められるのです。日本で仮にずっと教育を受けていたら、失敗や挫折をおそれて起業したいと考えることはなかったかもしれません」(ヨアブ氏)

また、閃いたアイデアは自ら提案し、自分が正しいと信じていれば上司に「モノ申す」ことも許される闊達な空気感がそこにはあるという。8200部隊のみならず、こうした「兵役」の存在が、イスラエル人の起業家精神を育くむ源泉になっているのではないかとヨアブは分析する。

兵役を終え戻った日本で感じた“違和感”

21歳で兵役を終える頃から、漠然と起業家への興味関心が湧き始めたヨアブは、その後イスラエルのデータ分析系のスタートアップ企業に就職した。そこでは、アメリカやヨーロッパ、インドなどに毎週のように出張を重ね、未知なる世界の知見を得るなかで、さらに学びへの意欲が湧き、テルアビブ大学へ進学。4年間法律を学び、晴れて弁護士資格も取得した。

そうした過程で思春期を過ごした“あこがれ”の国・日本を忘れることができず、起業家であふれかえるイスラエルで勝負をするよりも、日本という土俵で自分にしかできない新たなチャレンジをしてみたいという思いが強くなっていったという。

高校を卒業以来、満を持して日本に戻ってきたのは2年前。真っ先に感じたのは「違和感」だったという。

「自分でビジネスに携わるようになってから訪れた日本には、幼い頃抱いていたあのある種のあこがれのような、偉大な技術立国としての存在感が薄れていました。いろいろな面で違和感を持ってしまったのが事実です。それは、僕がその後育ったイスラエルが急速に変化を遂げていたことも大きな理由かもしれません」(ヨアブ)

ヨアブが感じた日本への違和感とは、この国に住み慣れたわれわれ日本人からすると、ごく当たり前の日常かもしれない。たとえば、CDやDVDのレンタルショップ。今、世界ではストリーミングが主流だが、いまだに日本人がショップに足を運び、音楽や映画を「借りる」というスタイルを見ると、むしろ後発国において標準になっている最新のイノベーションに、日本のいわゆる「ハード」技術が取り残されていると感じることが多かったという。

また、いまだにファックスが官公庁や銀行などの場で使われていたり、海外旅行などの予約がインターネットではなく旅行代理店の窓口で行われていたりするケースも少なくないことなどが、久々に降り立った技術先進国のはずの日本で味わった「時代錯誤感」だと打ち明ける。

「大好きな日本をもちろん否定したくないのですが」と申し訳なさそうに前置きしたうえで、ヨアブはこう指摘する

「日本の発展は残念ながらある意味、停滞していたのです。その間、イスラエルは特定の分野でものすごい勢いで技術が発展してきました。インターネットが普及し、ソフトウエアの斬新な開発などで小国イスラエルが世界に名乗りを上げ始めたのです。自動車や家電などを『製造』できないと勝てない時代が終わり、ヒューマンリソースも少なく歴史が短い国でも、アイデア次第で大きなイノベーションを遂げ、世界で競争することができる時代が訪れたのです」(ヨアブ)

大好きな日本とイスラエルの架け橋に

しかし、「大好き」と断言してやまない日本の最新式トイレに始まり、より快適で便利な生活様式を実現させてきたハード面やテクノロジーなど、日本が圧倒的なモノづくりの技術を持っていることには、いまだに尊敬の念を抱くという。

今、ヨアブが考えているのは、こうした日本のモノづくりにおけるポテンシャルとイスラエルのイノベーションを掛け合わせて、化学反応を起こすような仕掛けだ。

ヨアブが中心となって日本で企画・開催された、初のジャパン・イスラエル・イノベーションサミット会場にはイスラエルに関心を持つ多くの企業関係者らが訪れた(筆者撮影)

その取り組みの第1弾として先月、イスラエルで活躍する著名な起業家や元8200部隊の司令官など、そうそうたるメンバー総勢12人に来日してもらい、日本で初めて「ジャパン・イスラエル・イノベーションサミット」を開催。イスラエルとのビジネス協業などを探る大手企業の投資部門担当者やスタートアップ関係者ら150人ほどが参加し、大盛況となった。

イスラエル革新庁の最高経営責任者(CEO)であり、アップル現地法人のトップを務めたアーロン・アーロン氏も来日。イスラエルを「第2のシリコンバレー」として、軍や企業が連携した密接なネットワークが、イスラエルがイノベーションで大きな発展を遂げた理由だとアピールした。

ヨアブの兄でヴィア・トランスポーテーションの共同創業者兼CEOのダニエル・ラモット氏も来日した(写真:東山純一)

ライドシェアサービスのスタートアップ、「ヴィア・トランスポーテーション」の共同創業者兼CEOであり、ヨアブの兄であるダニエル・ラモット氏も来日。「ヴィア」は、複数の乗客が同じ車両に座席を共有できる技術を開発し、メルセデスベンツが投資したことで世界でも大きく知られており、相乗りが条件だが価格の安さが売りのサービスは今、急速に広まりつつある。今、世界の最先端をゆくイノベーションの立役者たちのプレゼンテーションに、訪れた日本企業関係者らは熱心にメモを取りながら聞き入っていた。

ちなみに、ダニエル氏は(弟のヨアブが8200部隊出身であるのとは異なり)最先端の軍事技術開発を担うエリート集団である「タルピオット」出身者である。「タルピオット」とは、毎年義務教育を終了した学生のうち、理工系の秀でた頭脳や抜きん出たリーダーシップなどが認められたわずか30人程の精鋭。最先端の軍事技術やハードな実地訓練などのプログラムを終えた後は、その貴重な経験を生かして起業する例が後を絶たないという。

軍隊が起業家精神を育む源泉に

弟のヨアブが所属した「8200部隊」にしろ「タルピオット」にしろ、アラブ諸国に囲まれてつねに軍事的緊張にさらされているイスラエルにおいて、そうした兵役期間中の経験が、多くのイノベーションを生む起爆剤になっていることは確かだ。

ヨアブが8200部隊に入った時は、その事実は周囲にあまり公にはしなかったという。「ここ最近変わってきました。イスラエル政府も国として8200部隊やタルピオットの存在を、自国のサイバーセキュリティやイノベーションといった分野での強みをアピールする際のいいブランドリソースとして使うようになってきたのです」(ヨアブ)。

港区に構えた新たなオフィスで、刷りたてのイベントパンフレットを持って 同じくイスラエル出身のCOO(最高執行責任者)ニール・ターク氏と(筆者撮影)

確かに、この数年で8200部隊を「ベールに包まれた」としながらも、その存在がハイテク国家イスラエルを支えてきたゆえんとして語られる機会は圧倒的に増えている。

「世界一のモノづくりの技術を持つ日本と、イスラエルのイノベーションが掛け合わされれば最強だと信じています。つまり、日本のすばらしいハード技術とイスラエルのソフトウエア開発能力をうまく融合させ、世界に通用する新たなベンチャーを生み出したい。イスラエルのスタートアップと日本企業のネットワーキングプレイスをここ日本に作り、投資だけでなくて一緒に戦略的なパートナーシップを育んでゆくのが夢です」(ヨアブ)

今年、東京・港区に小さなオフィスを立ち上げたヨアブ。訪れた時はまだ、たくさんの段ボールが積まれ、「すみません、片付いておりませんが……」と恐縮しながらも、目を輝かせながら語った夢は、実に大きかった。(東洋経済オンライン)

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